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採用時の「嘘」はどこまで許されないのか
社労士 鈴木 貴雄
東京都社会保険労務士会
この記事の執筆者:社労士 鈴木 貴雄
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目次
― アクセンチュア事件(東京地裁令和6年7月18日判決)から学ぶ内定取消しの実務 ―
こんにちは、代表の鈴木です。
今回取り上げるのは、いわゆるアクセンチュア事件です。内定取消しをめぐる最新の裁判例となります。
大手コンサルティング会社における中途採用者の内定取消しの有効性が争われた事案です。
履歴書・職務経歴書は「その人の履歴そのもの」
採用選考において、履歴書や職務経歴書は単なる書類ではありません。
それはその人の職業人生そのものです。
企業側としては、
- どのような職歴を歩んできたのか
- どのような環境で、どのような役割を担ってきたのか
を慎重に読み取る必要があります。
一方で、実務上は「多少盛られている」履歴書が存在することも事実でしょう。
しかし、そこには大前提があります。
👉 記載内容は真実であること
👉 虚偽があってはならないこと
これは暗黙の了解ではありますが、今回の判例はその重要性を改めて明確に示しました。
事案の概要|何が問題になったのか
本件の内定者は、履歴書・職務経歴書において、
直近の職歴2社(A社・B社)を一切記載していませんでした。
代わりに、
「C社に継続して在籍していた」
という内容を記載していたのです。
しかし、この事実は、会社が実施した
バックグラウンドチェック(経歴・身辺調査)
によって判明しました。
会社はこの虚偽を重大な問題と捉え、内定を取り消しました。
内定取消しは「解雇」と同じハードル
重要な前提として、
採用内定の時点で、法律上は労働契約が成立している
とされています。
そのため、内定取消しは、
➡ 実質的に「解雇」と同様
➡ 簡単には有効と認められない
というのが原則です。
それにもかかわらず、東京地裁は、本件内定取消しを有効と判断しました。
なぜでしょうか。
判決のポイント①
書面で「バックグラウンドチェック」を条件としていた
裁判所が重視したポイントの一つ目は、契約書面の内容です。
- オファーレターに
- バックグラウンドチェックを含む「条件」を満たすことが雇用条件であると明記
- 雇用契約書に
- 経歴調査への全面的な協力義務を明記
つまり、
内定者は調査を前提とした雇用条件に同意していた
という点が明確でした。
判決のポイント②
本当に隠したかったのは「職歴」ではなかった
この事件には、さらに重要な事情があります。
実は内定者は、
- A社:入社3か月で雇止め
- B社:試用期間3か月で解雇
という経緯があり、
それぞれで弁護士を立てて労使紛争を起こしていました。
裁判所は、次のように指摘しています。
- 隠そうとしたのは、単なる職歴そのものではない
- 雇用関係解消をめぐる紛争の存在を隠そうとした
- これらは、採否判断において
従業員としての適格性に直結する重要な事実 - 面接を含め、殊更に虚偽の説明をしていた
そして裁判所は、厳しい表現で内定者を評価しました。
「相互の信頼関係を維持できる性格を欠く」
「企業内にとどめおくことができないほどの不正義」
内定者の主張は、全面的に退けられています。
重要な注意点|「紛争歴」そのものが問題なのではない
ここで、企業側が誤解してはいけない点があります。
❌ 労使紛争を経験したこと自体
❌ 過去に解雇・雇止めがあったこと
これらそのものが、内定取消しの理由になったわけではありません。
問題とされたのは、
👉 採用段階で、意図的に隠し、嘘をついたこと
です。
特に、
高い信頼関係が前提となるコンサルティング業務
という業種特性の中で、
- 不利な事実を隠す
- 虚偽の説明を繰り返す
こうした行為が、
企業との信頼関係を根底から破壊する
と判断されたのです。
実務への示唆|この判例から学ぶべきこと
この判例は、バックグラウンドチェックの有効性と同時に、
制度設計の重要性を示しています。
実務上のポイントは次のとおりです。
- オファーレター・雇用契約書に
- バックグラウンドチェック実施
- 協力義務
を明確に記載すること
- 採用段階で
- 「虚偽申告は許されない」
という共通認識を形成しておくこと
- 「虚偽申告は許されない」
- 「嘘」を前提としない採用プロセスを設計すること
まとめ|採用で迷ったら、早めに専門家へ相談を
採用は、単なる人材確保ではありません。
企業と従業員との信頼関係の入口です。
今回のアクセンチュア事件は、
- 採用段階での虚偽申告は、
その後の雇用関係そのものを否定し得ること - 一方で、
「過去にトラブルがあったこと」自体が直ちに不利になるわけではないこと - 重要なのは、
企業がどのような条件・プロセスで採用を行っていたか
を明確に示しています。
裏を返せば、
- オファーレターや雇用契約書の書き方
- バックグラウンドチェックの位置づけ
- 面接でどこまで確認すべきか
これらを誤ると、
本来防げたはずのトラブルに発展する可能性もあります。
「このケース、内定取消しはできるのか」
「採用書類や契約書の内容は適切か」
「バックグラウンドチェックを導入したいが、どこまで可能か」
こうした点で少しでも迷いがあれば、
トラブルが顕在化する前の段階でのご相談が重要です。
採用実務は、事後対応よりも事前設計がすべてです。
気になる点があれば、お気軽にご相談ください。


